東濃は多治見、土岐、瑞浪、恵那、中津川からなるエリア。中山道沿いには馬籠宿、中津川宿など日本の古きよき文化を残した名所旧跡が多く、地歌舞伎などの伝統も残る。美濃焼の産地としても知られ味わい深い手仕事に出合える。名古屋からのアクセスもよい。
アクセス
中部国際空港セントレアから名古屋鉄道で名古屋駅、JR名古屋駅より中央本線利用。恵那駅までは名古屋駅から約1時間。
恵那市は四季折々の自然が素晴らしい景勝地・恵那峡で知られる。峡谷を巡る遊覧船からは湖畔の奇岩や絶景を楽しめる。秋には江戸時代に端を発する、栗を炊き上げて茶巾搾りで絞った「栗きんとん」も有名だ。市内には情緒あふれるローカル列車「明知鉄道」が走る。恵那から明智駅まで25.1kmを結び、きのこ、山菜など季節ごとの料理を車内で味わえる「大正ロマン号食堂車」も人気だ。車窓からのどかな田園風景を満喫するとともに、沿線の歴史を感じる町へと運んでくれる。
恵那駅から明知鉄道に乗車し、30分で岩村駅へ到着。時間が止まったような木造の愛らしい駅舎に降り立った。
岩村町は「日本三大山城」のひとつとされている「岩村城」で知られる。高低差や、地形を巧みに利用した要害堅固な山城は、霧が多い気候まで城造りに活かされ「霧ヶ城」ともよばれている。
創築は1185年。戦国時代から江戸、明治の廃城令が出るまで約700年にもおよび連綿と存続した。城郭は現存していないものの、急峻な山頂に累々と築かれた石垣は、夏草に覆われてもなお、往時をしのばせる。
岩村城は織田信長の叔母でもある「おつやの方」が采配をふるっていた「女城主の城」としての歴史を持つ。
女城主ゆかりの城下町を歩いた。重要伝統的建造物群保存地区に選定されている「岩村本通り」には、江戸時代、東濃地方の政治、経済、文化の中心となった岩村で栄えた商家の町並みが残る。
夏の日差しが降り注ぐ本通りは、昔懐かしい町家の、こげ茶色と、夏雲が浮かんだ青空のコントラストが美しい。女城主にちなんで、それぞれの家の女将の名前が記された紺色の暖簾や風鈴が涼やかな風にゆったりそよぐ。保存地区内は建物はそのままにいまも地元の商店街として人々の暮らしを担う。電気店、菓子店、衣料品店……。人々が暮らしを営む息遣いが感じられて、歩くほどに身体が町になじむような「空気がやわらかい城下町」だ。
江戸末期から台頭し、岩村藩の財政を支えた商家である勝川家を訪ねた。書院風の離れから、中庭越しになまこ壁の土蔵を眺める。ぼんやりくつろいでいると、小川のようなせせらぎが聞こえてきた。各旧家の中庭には安土桃山時代に造られた生活用水「天正疎水」が貫流している。屋敷と坪庭を吹き抜ける風と、ソーダガラスの窓からの、たわんだ光もやさしくて、このまま、うたた寝したくなる。
大きな杉玉が印象的な風格ある建物は、1787年創業の「岩村醸造」。岩村町産の「ひだほまれ」を使い、酒蔵内の井戸から汲み上げた天然水で酒造りを行う、恵那唯一の酒蔵だ。「岩村の水で育った米は岩村の水でこそ、よい酒を育む」という7代目蔵元の渡わたらい會充晃さんの、深いこだわりのもと造られた銘酒「女城主」をいただいた。グラスに注がれた冷酒は、やさしく、すうっとのどをとおりぬけ、身体に染みわたる。
格子戸のむこうでは、渡會さんのお嬢さんと向かいのカステラ屋さんのご主人がボール投げをしていた。「生活感があるのがここの魅力ですよね」と渡會さん。笑い声が、古といまをつないで町並みに溶け込んでいった。
岩村醸造
住所:恵那市岩村町342
Tel:0573-43-2029
岩村から2駅。線路脇に可憐な百合の花が咲く山岡駅に降り立った。
駅舎は寒天のPR施設「山岡駅かんてんかん」。山岡町は細寒天生産量日本一を誇る「寒天の里」だ。細寒天は、糸寒天ともよばれ、寒天液を固めて細く切り、そのまま凍結乾燥させたもの。海から遠く離れたこの里で盛んになった理由は山岡町の自然環境にあると館長の佐々木亀久雄さんは語る。「伝統的な細寒天の製造は12月から2月の厳寒期に行われます。夜間冷え込みが激しく、屋外で乾燥させるため積雪が少なく、昼はからりと晴れていなくてはいけません」。この条件を満たす山岡町の豊かな自然が育んだ良質な寒天は、名だたる高級和菓子店で欠かせないものとなっている。
寒天製造を行う「おいしい有限会社」の工場を訪ねると海の香りがいっぱいに漂っていた。「まず天草を水につけてから窯で煮て、寒天液を作って濾過し、型に入れて固めます」と社長の佐々木信行さんが説明する。固まった寒天は専用の器具で羊羹のような長方形に切り出してから、天筒に入れ、突き出して糸状にする。よしずのうえに勢いよく押し出された寒天は、凝固した波のようだ。
かつて細寒天作りは冬季のみだったが、いまは冷凍庫を使って通年行われる。凍結させた寒天は、天日干しにする。太陽の光に当てることで、寒天の色が白くなるのだ。きらきらと輝く細寒天は霜柱を思わせる。新緑がまぶしい田園地帯一面に広げられた細寒天。恵那の夏空の下には、溶けない霜が降りていた。
山岡駅かんてんかん
住所:恵那市山岡町田沢3058-4
Tel:0573-56-3140
おいしい有限会社
住所:恵那市山岡町上手向2533
Tel:0120-813-014
岐阜の夏の味覚といえば朴葉寿司。昔から田植のあと、みんなにふるまうために作られてきたという郷土料理だ。
小里川ダム湖のたもと、日本一の木製水車がある道の駅「おばあちゃん市・山岡」を訪ねると、みずみずしい緑の葉が目にも鮮やかな、朴の木が生えていた。「枝先にグルリと付いた大きな葉が風車みたいでしょ。子どものころはクルクル回して遊んだのよ」と駅長の後藤妙子さんが元気な笑顔で出迎えてくれた。
朴葉寿司は朴葉のうえに酢飯、そして具をのせて作る。紅しょうがのピンク、キュウリのしその実漬けの黄緑、卵焼きの黄色、きゃらぶきの深緑、あさりの佃煮の茶色、しいたけの黒。かわいらしい彩りに仕上げたら、葉を折り紙のようにたたんで包み込む。その味わいは朴葉の香りと酢飯と素朴な具が一体となった、さわやかな美味しさだ。
デザートに後藤さんが寒天とざらめを使って、試行錯誤しながら作り上げたという干し菓子を手渡してくれた。白、ブルー、ピンク。まるで美しい鉱石のよう。その名前は「凍いての華」。冬場、細寒天の凍結を促すために、日が落ちてから干場で削った氷をかける作業「凍てとり」が名前の由来だ。「夜の闇のなか、削られた氷が、きらきら輝いてきれいなんですよ」と後藤さん。
「季節ごとに恵那には美しい風景があります。美味しいものもね。秋の栗おこわも、びっくりするくらい美味しいのよ!また帰っていらっしゃい」
夕暮れへと向かう明知鉄道の車窓から「農村景観日本一の風景」を望んだ。なだらかな山並み、湿度を含んでなめらかに広がる光をまとった、緑の濃淡が美しい田園風景が広がる。
恵那の夏は、みずみずしく、やわらかく、やさしい。おだやかな「日本の夏」への里帰りのようだった。東濃には知られざる魅力が多い。また全域を再訪したい。
恵那川上屋本社恵那峡店
住所:恵那市大井町2632-105
Tel:0573-25-2470
明知鉄道グルメ列車
Tel:0573-54-4101